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静岡地方裁判所浜松支部 昭和35年(ワ)50号 判決

事実

原告丸和商事株式会社は請求原因として、被告棒屋保険代弁株式会社は昭和三十四年十月二十五日原告に宛て金額五十万円の約束手形を振り出し交付し、原告は右手形の所持人としてこれを満期に支払のため呈示したところ、その支払を拒絶された。さらに被告会社は昭和三十五年一月三十日原告に対し、金額十一万九千六百円の持参人払式小切手一通を振り出し交付したが、原告は被告会社の要請に基き右小切手を法定期間内に支払のため呈示しなかつたので、同小切手上の権利は手続の欠缺によつて消滅に帰した。しかしながら、右小切手は原告が被告会社に対して昭和三十四年十月二十五日弁済期を同三十五年一月三十日と定めて貸し付けた金五十万円(前記約束手形は右貸付金支払のために振り出されたものである)の利息の支払に代えて振り出されたものであるから、右小切手上の権利の消滅により被告会社は少なくとも同小切手金額のうち金五十万円に対する叙上期間の利息を利息制限法所定の利率年一割八分の範囲内に減縮して計算した金二万四千百六十三円に相当する利益を受けたことになり、ここに原告は被告会社に対し同金額の利得の償還を求める権利を取得した。

よつて原告は、被告会社に対し、約束手形金五十万円とこれに対する支払済までの利息金並びに利得金二万四千百六十三円とこれに対する支払済までの遅延損害金の各支払を求める、と主張した。

被告棒屋保険代弁株式会社は原告主張事実のうち、原告主張のような約束手形、小切手が被告会社取締役社長中村藤吉名義をもつて振り出され、原告がその所持人であることは認めるが、右手形・小切手は何れも訴外木村隆栄が被告会社の代表取締役社長中村藤吉の記名印章を冒用して振り出した偽造のものであるから、被告会社にその支払の責はない、と述べ、さらに木村が原告主張の期間被告会社の代表取締役であつたことは認めるが、被告会社は木村を単に保険に関する事務を取り扱わさせる意味で代表取締役にしたもので、同人が会社にとつて重要な事項、例えば借財、手形・小切手の振出(代表取締役中村藤吉名義による場合は勿論、代表取締役木村隆栄名義による場合においても)をなすについては、中村藤吉の同意を必要としたのである。しかして、本件手形・小切手は木村自身の用途に供するため振り出されたもので、右中村の同意を得ておらず、且つ原告は木村の権限についてこのような制限のあつたこと及び本件手形・小切手は、木村が右制限に反して振り出したものであることを知つていたのであるから、何れにせよ被告会社にその支払の責はない。なお、当時被告会社において共同代表の定めがなかつたことは認める、と主張して争つた。

理由

訴外木村隆栄が振出人被告会社取締役社長中村藤吉とする原告主張の約束手形・小切手各一通を振り出し、原告が現にその所持人であることは当事者間に争がない。

ところで、右木村が本件約束手形・小切手の振り出された当時被告会社の代表取締役であり、しかもその頃前記中村藤吉も同じく代表取締役であつたこと、そして被告会社においては共同代表の定めのなかつたことも当事者間に争いがない。しかして、会社による手形・小切手行為の成立するためには、行為者である代表取締役自身の署名ないし記名捺印を必要とすると解するのが相当であるから、この理に従えば叙上のように各自代表の権限を有する代表取締役木村隆栄が他の同じく代表取締役である中村藤吉の名称を用いて約束手形・小切手を振り出した場合に、右手形・小切手について被告会社が当然に振出人としての責を負うわけのものではない。

しかしながら、証拠を綜合すれば次のように認められる。すなわち、被告会社は昭和二十九年九月頃株式会社組織となつたが、その職員は前記中村藤吉、木村隆栄を含めて四、五名程度に過ぎず、その業務に中村藤吉は殆んど関与することなく、木村において昭和三十五年初めに至るまで事実上これを総括しており、従つて木村は火災保険の加入募集等一般事務のほかに金銭の出納など被告会社の経理業務の一切を委ねられていた。しかしながら、木村がこれら経理に関する書類の作成或いは外部に対し会社のための行為をするに際しては代表取締役としての自己の名義を用いることなく、一様に代表取締役社長中村藤吉名義を使用すべきものとされ、そのため木村は中村の印章の保管をも委ねられていた。しかして、木村は右経理業務の一部として人件費、保険会社に納付すべき保険料等の調達のために昭和三十四年初め頃合名会社中村社団から被告のために二十一万円ばかりの金融を受けねばならなかつたこともあり、他に一、二回右社団から同様の金員借用を重ねたが、これら借受当事者もまた被告会社代表取締役社長中村藤吉と表示されていた。本件約束手形の振出も同様に昭和三十四年五月頃被告から金員の融通を受けるに当つて木村が振り出した約束手形がその後何回か書き替えられたものに他ならず、また本件小切手は、本件約束手形の原因債権である金五十万円の昭和三十四年十月二十五日から同三十五年一月三十日までの利息金十一万九千六百円の支払に代えて振り出されたものであつた。

以上のとおり認められるところ、これら認定の事実に照らせば、本件約束手形・小切手の振出は、木村が当時被告会社において包括的に許容されていた方法、すなわち代表取締役木村隆栄が他の代表取締役中村藤吉の同意のもとに中村の署名を代行する方法によつたものであり、従つて右約束手形・小切手について右中村の有効な手形・小切手行為があつたものというべきであり、被告会社としては振出人としての責を免れ得ないとなすべきである。もつとも、証人木村隆栄の証言によれば、木村は昭和三十四年暮頃に至つて本件約束手形に関して、中村から叱責を受けた事実が認められるけれども、他方、同証言並びに弁論の全趣旨に徴すれば、右叱責は高利をもつて被告が金融を受けたことに対するものであることが窺われるから、右事実の存在は上記判断の妨げとなるものではない。

なお、被告は、木村は本件約束手形・小切手を自己の個人的利益をはかるために振り出したもので、従つて権限濫用による手形行為であり、且つ原告は右約束手形・小切手の交付を受けた時これら事情を知悉していたのであるから、被告会社は原告に対しその支払を拒み得ると主張する。そして、成程、証拠によれば、既に昭和三十三年十二月二十七日木村は個人として被告会社との間に木村の所有する宅地、建物について債権者被告会社、債務者木村、債権極度額三十万円(その後六十万円と変更)とする根抵当権設定契約を締結していることが認められるけれども、右事実によつては、未だ被告主張事実のすべてを証するに足りないし、他にこれを認めるべき証拠はない。

ところで、原告が本件小切手を法定期間内に支払のため呈示しなかつたことは被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものと看做し、そうすると同小切手上の権利は手続の欠缺によつて消滅したことになる。そして、本件小切手は金五十万円に対する昭和三十四年十月二十五日から同三十五年一月三十日までの利息の支払に代えて振り出されたものであることは前認定のとおりであり、且つ右期間内の利息はその利率を利息制限法所定一割八分に減縮すると金二万四千百六十三円になることは計数上明白であるから、右小切手上の権利の消滅によつて被告会社は小切手金額のうち右二万四千百六十三円の利益を受けたことは明らかである。

してみると、被告会社は原告に対し、本件約束手形金五十万円とこれに対する支払済までの利息金、並びに前項の利得金二万四千百六十三円とこれに対する支払済までの遅延損害金の各支払をなすべき義務を負うものといわなければならない。

よつて、原告の被告会社に対する請求はすべて理由があるのでこれを認容する。

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